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お茶のお稽古の時間がとても楽しみです。 お湯のたぎる音を聴いておりますと いつも井上靖氏の詩を思い出すのですね。 井上靖氏 生涯最後の詩です。 一日、端座して 顔を庭に向けている。 樹木も、空も、雲も、風も、鳥も みな生きている。 静かに生きている。 陽の光りも、遠くの自動車の音も みな生きている。 生きている森羅万象の中 書斎の一隅に坐って 私も亦、生きている。 これは井上氏の死の直前に書かれた詩であると伺っています。 この詩を書き終えたあと、氏は程なくお亡くなりになりました。 ・・・・私が生まれて初めて「孤独」を意識しましたのは幼稚園生の頃でした。 当時家族は6人おりましてね お昼間は賑やかに過ごしていたのですけれども 時折 夜明け前にふと目を覚ましますでしょう? そうしますとあたりは薄青い世界で まるで深い海の底にいるような印象を受けたのですね。 普段は家族がいて賑やかに過ごしているけれど 本当は人間は独りなのだと その時初めて思い知ったわけです。 物音ひとつしない世界で あたりには薄く青い世界が広がっていて 確かにすぐ傍には家族が眠っているのだけれど 人間は、本当は独りなのだと。 ・・・何の音もせぬ暁にあたりを見渡し まるで深い海の底にいるようだと思いました。 そして今、他者と同じ空間の中にいることはできたとしても 自分の内なる世界を他の人と共有することは決してできないのだと。 自分の内なる世界、そして他者の内なる世界とが ともにとけあうことはないのだと。 他者が決して足を踏み入れることのできない空間を 私たちは1人1人、そのいのちの底に持っているのだと思いました。 自分の内なる世界を何か他の言葉で言い表すとすれば それは音もなく広がる漆黒の宇宙ではないのかと。 もちろん当時、こんな言葉でものを考えていたわけではありません。 しかし、子どもというものはまことに鋭い感覚で この世のものを見つめていると思うのです。 確かに、考えている言葉自体は幼いことと思います。 しかし、その鋭敏な感受性で感じとるものは もしかしましたら大人以上ではないだろうかと思う時さえあるのです。 ・・・・我が家のお茶碗を眺め ふと思ったことがございます。 お茶の世界には代々受け継がれてきた大切なお道具があり そのお道具を先人達は一体どのような思いで見つめてきたことだろうと。 どのような思いを胸にお茶を点て 茶杓を清め その静かな時間を過ごしていたのだろうと思うのです。 長い長い時の流れる中 そのお道具にまなざしを注いでいた人々は順番にいなくなり お道具だけがあの頃と全く変わらぬ姿を見せてくれます。 我が家におきましては 夫が贈ってくれたお茶碗を 私も、そして娘も大切に大切に使っていくことでしょう。 そしていつかは 私も娘もこの世からいなくなるわけです。 あの暁の時間 当時まだ5歳にしか過ぎなかったわけではありますが この胸に刻み込まれた孤独の怖ろしさは生涯消えることはないでしょう。 むしろ年齢を重ねるごとに深くなっていくことと思います。 お茶の時間にも 確かに多くの方々と空間を共有するわけではありますけれど それでも、1人1人がその奥に 誰人も踏み込むことのできぬ世界を持っており おそらくはその内なる世界をどなたとも共有することなどないのだと。 その胸奥に 無限に広がりゆく宇宙をもちながら 互いに寄り合い端座し ひとつの空間を作り出してゆくお茶とは 私たちにとりまして一体どのような意味を持つものだろうと思うのです。
by miyamagakure
| 2007-09-25 11:03
| お茶
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