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今日は姫路の奥の方に行き 夕暮れの蜩の声を聴いて参りました。 この季節、蜩の声は何より心に響き 私の心を鎮めてくれます。 森のそばにちいさな川がありまして 今日は2時間ほど、その水際で遊んでおりました。 そう、こんなにゆったりとした気持ちで時間を過ごしたのは 一体どれくらいぶりでしょう。 夫は裸足になり、川をせき止め 魚をつかまえて遊んでおりました。 娘は「少し疲れた」と言って、車の中で本を読んでおりました。 私はちいさな木の枝を片手に水際に座り込み 水面に波紋をひろげたり 流れてくる桜の葉を集めたりしておりました。 ・・・・何かをするために、何かを早く終わらせるために 必死になって時間を過ごすのではなく 何の目的も持たず、何も考えず、ただ川の流れを見つめている・・・・ 自分の中にそんなふうに時間を過ごすことのできる部分がまだ残っていたのだと 何だか・・少し嬉しくなってしまいました。 そう、水面に波紋を広げてみたとて 流れてくる木の葉を枝で掻き寄せ集めたとて 何がどうなるわけでもないのです。 でも、その時だけは 42歳の私がまるでちいさな子どものように 飽きず、同じことを繰り返していたのでした。 森の上からは蜩の声。 かなかなかな と降りそそぎます。 山の頂上を見上げれば 樹々が音をたて風に靡き その遙か上には蒼い空が広がっていました。 ・・・・思えば13年前の夏 私は長女を産んだばかりで まだ体調も戻らぬまま 今は亡き祖母の元を訪れたのでした。 祖母は曾孫の誕生をそれはそれは喜んでくれ 私の娘に何度も頬ずりをしてくれました。 娘を無事祖母に見せることができ 安堵しつつ祖母の入所していた特養を出たときに その入り口付近で 樹々の大きくざわめく音を耳に致しました。 今、祖母の元を離れたら今度はいつ逢えるかわからない。 今日祖母と逢ったのが、もしかしたら今生での最後であるのかも知れない。 そんな後ろ髪を引かれるような思いで祖母の居る特養を離れ 今、自分が頼りなく抱いている娘を見つめ 私は本当にこの子を無事に育て上げることができるのだろうかという まこと言いようのない不安にさいなまれ ・・・そんな想いの中 大きく風に揺れざわめく樹々を見つめていたのでした。 今では祖母も既にこの世の人ではなく あの時、私の腕の中にいた娘も13歳の夏を迎え 私だけが変わらずこの地で生きているのです。 いえ、自身が変わっていないなどと それは私だけが思いこんでいるだけのことであり おそらくはこの私も 時の流れとともに少しずつ変わってきているのでしょう。 天の川 みなわさかまきゆく水の はやくも秋の立ちにけるかな 源 実朝 暦の上では早くも秋を迎え 吹く風 ものの影にも幽かな秋を感じるようになって参りました。 実朝のこの清冽な歌を目にしますとき 音をたて流れゆく時を とどまることなくただ流れてゆくことしかできぬいのちを思います。 山上をゆく風も 雲の流れも 咲く花も あの頃と同じものであるのに 私たちだけが この世から1人ずつ姿を消してゆくのです。 今日の夕暮れ時 幽かに耳にしました蜩の声を 私は決して忘れることはないでしょう。 蜩の声は胸にこだまし まるで薄絹のように 私のこころを幾重にも包んでくれるのです。
by miyamagakure
| 2008-09-17 11:11
| 日々の徒然
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